INTRODUCTION
1996年の長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』から30年。これまで30本以上の監督作を発表し、近年はさらなるハイペースで自身のフィルモグラフィを更新し続けるホン・サンス。韓国のソウルに生まれ、アメリカで美術を学んだホン・サンスは、大作商業映画からは距離を置いた映画の製作体制を築き、ベルリン国際映画祭での5度の受賞をはじめ、カンヌ、ヴェネツィア、ロカルノなど数々の国際映画祭で活躍し唯一無二の存在感を示してきた。その独自のスタイルはまさに孤高の映画作家といえるが、あくまで淡々とおおらかで独自の作品づくりを続けてきた。
日常に潜むドラマを鋭く観察し、そこに現れるささやかなずれや揺らぎを、静かに、ときにユーモラスに描く。異邦の地の旅人の小さな冒険譚を、くりかえされる日々のリズムを、そして酒に溺れる人々の滑稽さをじっと見つめる。ホン・サンス監督の姿勢は30年前も今も変わらない。一方で、その製作体制や人々を見つめる視線は時代とともに緩やかな変化を遂げ、ますます多くの映画ファンを魅了しつづけている。
謎めいた映画世界に導かれるように、この秋、ホン・サンスの“いま”に出会える、異例の企画がスタートする。2025年11月から2026年3月まで、2023年以降につくられた新作5本を5カ月連続で公開する「月刊ホン・サンス」。さらに、ユーロスペース限定で、新作にリンクしたテーマで過去作を振り返る特集「別冊ホン・サンス」も同時開催。これまで数々の作品に魅了されてきたファンにとっては、改めて彼の作品の変化を辿り直す絶好の機会に、そしてこれからその映画世界に触れる人たちにとっては、5カ月間集中してホン・サンス映画に触れていく新たな入り口になるに違いない。
偶然に出会った人々が語らい、道に迷い、酒を飲んではまた語らい合う。果てしないくりかえしのなかから、ふいに見えてくる小さな真実と、美しさに満ちた景色。この独特で不思議な世界は、どんなふうに私たちの生きる日常と重なり合うのか。ミステリアスでユーモアに満ちたホン・サンス映画とともに、世界の新たな見方を発見してほしい。
HONG SANGSOO
1960年10年25日、韓国、ソウル生まれ。監督、脚本家。韓国中央大学で映画製作を学んだ後、1985年にカリフォルニア芸術工科大学で美術学士号、1989年にシカゴ芸術学院で美術修士号を取得。アメリカ留学中に短編の実験映画を数多く製作した。その後、フランスに 数か月滞在、シネマテーク・フランセーズに通い映画鑑賞に明け暮れた。韓国に戻り、1996 年に長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』を発表、批評家や数多くの国際映画祭で絶賛される。2004年に『女は男の未来だ』が、初のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品を飾り、男女の恋愛を会話形式で描くその独創的なスタイルから、“韓国のゴダール”、”エリック・ロメールの弟子“などと称され絶賛された。『アバンチュールはパリで』(08)以降、フランスの名女優イザベル・ユペール主演の『3人のアンヌ』(12)や『へウォンの恋愛日記』(13)まで、続けてカンヌ、ヴェネツィア、ベルリンの三大映画祭にて出品を果たしている。2013年には、チョン・ユミが主演を演じた『ソニはご機嫌ななめ』が、本国韓国でもヒットを記録した。2012年には、特集上映「ホン・サンス/恋愛についての4つの考察」で来日時のトークイベン トで意気投合した加瀬亮を主演に迎え、『自由が丘で』(14)を発表。2015年、『正しい日 間違えた日』が第68回ロカルノ国際映画祭グランプリと主演男優賞を受賞し絶賛を浴びる。本作に出演したキム・ミニと再び『夜の浜辺でひとり』(17)でタッグを組み、第67回ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)に輝く。以降はキム・ミニを主演に作品を発表し続けている。第70回カンヌ国際映画祭では、『それから』がコンペティション部門に、『クレアのカメラ』がアウト・オブ・コンペティションにと、同年に2作品が招かれたことでも注目を集めた。2020年、キム・ミニ主演作となる『逃げた女』では、第70回ベルリン国際映画祭で自身初となる銀熊賞(監督賞)に輝く。2021年に、25作目『イントロダクション』で第71回同映画祭の銀熊賞(脚本賞)を受賞、同年に第74回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクションで26作目『あなたの顔の前に』が上映される。本作は「2022年 第96回キネマ旬報ベスト・テン」の外国語映画部門で第10位に輝いた。2022年、27作目となる本作『小説家の映画』で、第72回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)を受賞、3年連続4度目の銀熊賞受賞の快挙を果たした。同年にクォン・ヘヒョを主演に迎えた28作目『WALK UP』が、サン・セバスチャン国際映画祭にて出品、2023年には29作目『水の中で』が第73回ベルリン国際映画祭エンカウンター部門に出品。30作目となる『私たちの一日』が第76回カンヌ国際映画祭の監督週間クロージング作品として上映。2024年には、再びイザベル・ユペールを主演に迎えた『旅人の必需品』が第74回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員大賞)を受賞、同年発表で第24回東京フィルメックスでも話題を集めた『小川のほとりで』 は、第77回ロカルノ国際映画祭 最優秀演技賞 受賞(キム・ミニ)を受賞。さらに、2025年には第75回ベルリン国際映画祭で最新作 『自然は君に何を語るのか』 を発表。名実ともに韓国を代表する監督の1人として 現在も精力的に作品を発表し続けている。
FILMOGRAPHY
1996年
『豚が井戸に落ちた日』
THE DAY A PIG FELL INTO THE WELL
第26回ロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード (最高賞)
1998年
『カンウォンドの恋/カンウォンドのチカラ』
THE POWER OF KANGWON PROVINCE
第51回カンヌ国際映画祭 ある視点部門
2000年
『秘花~スジョンの愛~/オー! スジョン』
VIRGIN STRIPPED BARE BY HER BACHELORS
第53回カンヌ国際映画祭 ある視点部門
2002年
『気まぐれな唇』
TURNING GATE
第40回ニューヨーク映画祭
2004年
『女は男の未来だ』
WOMAN IS THE FUTURE OF MAN
第57回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2005年
『映画館の恋』
A TALE OF CINEMA
第58回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2007年
『浜辺の女』
WOMAN ON THE BEACH
第57回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門
2008年
『アバンチュールはパリで』
NIGHT AND DAY
第58回ベルリン国際映画祭 コンペティション部門
2009年
『よく知りもしないくせに』
LIKE YOU KNOW IT ALL
第62回カンヌ国際映画祭 監督週間
2010年
『ハハハ』
HAHAHA
第63回カンヌ国際映画祭 ある視点部門グランプリ
2010年
『教授とわたし、そして映画』
OKI’S MOVIE
第67回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門クロージング
2011年
『次の朝は他人』
THE DAY HE ARRIVES
第64回カンヌ国際映画祭 ある視点部門
2012年
『3人のアンヌ』
IN ANOTHER COUNTRY
第65回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2013年
『ヘウォンの恋愛日記』
NOBODY’S DAUGHTER HAEWON
第63回ベルリン国際映画祭 コンペティション部門
2013年
『ソニはご機嫌ななめ』
OUR SUNHI
第66回ロカルノ国際映画祭 監督賞
2014年
『自由が丘で』
HILL OF FREEDOM
第71回ヴェネツィア国際映画祭 オリゾンティ部門
第36回ナント三大大陸映画祭 金の気球賞 (グランプリ)
2015年
『正しい日 間違えた日』
RIGHT NOW, WRONG THEN
第68回ロカルノ国際映画祭
金豹賞(グランプリ)、主演男優賞(チェン・ジュヨン)
2016年
『あなた自身とあなたのこと』
YOURSELF AND YOURS
第64回サン・セバスチャン国際映画祭
シルバー・シェル(監督賞)
2017年
『夜の浜辺でひとり』
ON THE BEACH AT NIGHT ALONE
第67回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(主演女優賞/キム・ミニ)
2017年
『それから』
THE DAY AFTER
第70回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2017年
『クレアのカメラ』
CLAIRE’S CAMERA
第70回カンヌ国際映画祭 アウト・オブ・コンペティション
2018年
『草の葉』
GRASS
第68回ベルリン国際映画祭 フォーラム部門
2018年
『川沿いのホテル』
HOTEL BY THE RIVER
第71回ロカルノ国際映画祭 金豹賞(男優賞)
2020年
『逃げた女』
THE WOMAN WHO RAN
第70回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(監督賞/ホン・サンス)
2020年
『イントロダクション』
INTRODUCTION
第71回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(脚本賞)
2021年
『あなたの顔の前に』
IN FRONT OF YOUR FACE
第74回カンヌ国際映画祭 オフィシャルセレクション
2022年
『小説家の映画』
THE NOVELIST’S FILM
第72回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(審査員大賞)
2022年
『WALK UP』
WALK UP
第70回サン・セバスチャン国際映画祭 オフィシャルセレクション
2023年
『水の中で』
IN WATER
第73回ベルリン国際映画祭 エンカウンター部門
2023年
『私たちの一日』
IN OUR DAY
第76回カンヌ国際映画祭 監督週間 クロージング作品
2024年
『旅人の必需品』
A TRAVELER’S NEEDS
第74回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(審査員大賞)
2024年
『小川のほとりで』
BY THE STREAM
第77回ロカルノ国際映画祭 最優秀演技賞 受賞(キム・ミニ)
2025年
『自然は君に何を語るのか』
WHAT DOES THAT NATURE SAY TO YOU
第75回ベルリン国際映画祭 コンペティション部門